おわりに

Conclusion

療業界には、長らく市場競争という概念がありませんでした。実際は競争が存在したのですが、それをあからさまにすることが許されなかったのです。
その結果、まるで社会主義国のように、ホスピタリティ感覚のない病院やクリニックが多かったと思います。
しかし、医療が本来果たす役割の中には、患者の気を良くするホスピタリティが含まれているのではないでしょうか。
「ホスピタリティ」とは「おもてなし」や「思いやり」という意味ですが、実は病院を意味する「ホスピタル」と語源を同じくしています。緩和ケア施設の「ホスピス」や「ホテル」も同じで、もともとは「客人などの保護」を意味するラテン語の「hospics」が語源だそうです。
 もない昔は、長距離の移動には時間がかかるうえ、旅館(ホテル)などもありませんから、旅人は民家に一晩の宿や保護や傷の手当を求めるしかありませんでした。それをもてなすのが「hospics」です。
ですから、病院にも本来は「ホスピタリティ」が必要なのですが、現在の総合病院の混雑事情を考えると、一人ひとりの患者に「ホスピタリティ」を発揮する余裕がないのも無理はないと思わされます。
しかし、クリニックならどうでしょうか。一次医療機関であるクリニックは、より地域住民や地域の生活に密着していますし、病院ほど混雑もしていないので「ホスピタリティ」を提供する余地があります。それができていないとしたら、今のクリニックは努力不足なのかもしれません。
は、医療改革は一次医療機関から始まると考えています。二次や三次の医療機関は、組織が巨大すぎて、一朝一夕には変わりません。しかし、少人数で運営している個々のクリニックであれば、院長先生の決断ひとつで明日から変えることができます。
そして、「ホスピタリティ」の意識を持つ、よりよいクリニックがだんだんと増えていけば、日本の医療業界を下からの潮流で変えることも不可能ではないと思います。
また、一次医療機関の役割が増大し、地域医療が充実していけば、二次や三次の医療機関の負担が軽減されて、本当に必要な救急患者の対応や、地域に即した医療技術の導入など、総合病院の本来の目的に立ち返ることもできるでしょう。

療業界は長いこと、閉鎖的な制度によって守られてきました。
閉鎖的であるがゆえのメリットも当然あったでしょうが、弊害も多かったと思います。
しかし、医療費の増大や少子高齢化などの問題が増える中で、医療業界にも変化が起きてきました。
今、医師の移動も流動的になり、一次医療機関であるクリニックが増大しつつあることを、私は好意的に受け止めています。ですが、せっかくクリニックを開業しても、経営が下手なために、苦労している医師も少なくありません。
一般の企業を立ち上げるのに比べれば、クリニックの経営はとても楽であるのに、非常にもったいないことです。
そう考えた私が、クリニックの経営コンサルティングに手を染めたのは必然的なことでした。なぜならば、長年中小企業を経営してきた経験があれば、クリニックの経営を軌道に乗せるのは、さほど難しくないからです。
また、医療という社会貢献性の高い仕事には、多大なやりがいも感じています。
本には、バブル後の長く苦しい不況を生き抜いた中小企業の社長さんがたくさんいらっしゃいます。
本書で紹介したクリニックの経営は、中小企業経営者であれば決して難しいものではないはずです。今後、同じような取り組みをはじめる一般法人が増え、ともに日本の医療をよりよい方向へ導くことができれば、この上ない喜びです。
また、クリニックを建てて開業医に貸すという方法も、全国で土地を抱えて相続に直面している大家さんたちにとって非常にメリットのあるものです。単なる相続対策としてだけでなく地域貢献にもつながる土地活用の方法としてご検討いただけるものだと思います。
私も含めたそうした志の高い方たちの英知が、少子高齢化で社会保障費が増加の一途をたどる日本医療の救世主になるのではないかと考えています。

市川直樹


市川直樹
I c h i k a w a  N a o k i

株式会社GSK コミュニケーションズ 代表取締役

1971 年生まれ。1999 年から労務を主にしたコンサルティング業務を行い、2004 年、株式会社GSK コミュニケーションズを設立。不動産賃貸業、管理・ソフトウェア開発のほか、飲食業や人材派遣、自動車販売業などさまざまな業種のコンサルティングに従事。さらに2006 年4 月より「大志の会」「有志の集い」「市川直樹塾」を主宰し、中小企業経営者に向けて講演会やシンポジウムなどを積極的に開催。これまで300社以上の中小企業経営者のコンサルティングに取り組んでいる。2011 年にはしいの木こどもクリニックを開業、クリニックと調剤薬局の経営コンサルティングを手がけ、開業以来5 年間で約9 万人の患者の集患に成功している。